2007年12月04日
NAHAマラソン
長らくブログをサボってました
その間さまざまな事があったのですが、「元気にしてた」という一言で片付けさせていただきます(^^ゞ
「元気にしてた」証として、実は12月2日に行われた『第23回NAHAマラソン』に選手として参加してきました
昨年テレビで『NAHAマラソン』の中継を見て、「楽しそうだから、わたしも参加してみた~い
」っつう、かる~い気持ちから始まったのですが、まさか本当にエントリーをしてしまうとは・・・
エントリーしたのは8月だったけれど、「夏は暑いから」とダラダラ過ごし、9、10月も「まだまだ沖縄は暑いねぇ」と何もせず。。。
あと『NAHAマラソン』まで1ヶ月
となってから、「そろそろトレーニングしないとヤバいかも・・・
」と、まずはウォーキングから(そっからかいっ
)トレーニング開始。
なんとか5キロぐらいは走れるようになったので、「そうだ
ウォーキングしながらコースを下見してみよう
」とまたまたかる~い気持ちで11月11日に下見を決行
しか~し、これがとんでもなかった
中間地点(21.3キロ)までは半分くらい走ったりして、余裕さえ見せる道のり。
「な~んだ、案外楽勝じゃん
」と思ったのもつかの間、中間地点の平和祈念公園を過ぎたとたんにガクッと足が重くなり、動かない
ひめゆりの塔を過ぎてから「もうダメだぁ~
」とタクシーで家に帰ろうと思ったけど、タクシーがまったく通らない
途方に暮れながらヨタヨタとカメ並みの歩みでなんとか30キロ付近まで来た時、数台のバスが並んでいるのを発見
その中に「開南経由」という那覇行きの表示を見た時には、帰れるうれしさから半泣き状態
砂漠で迷った人がオアシスを見つけた時と同じ心境だったかも(^^ゞ
「フルマラソンをナメたらいかん
」ということを心に刻みました
まぁ、この経験から少しまじめにトレーニングをするようになりました。
ふくらはぎにも筋肉がついてきたし、10キロは休みなく走れるようになりました。
そして12月2日(日)、『NAHAマラソン』当日
今日はダンナもスペシャルドリンク(?)を持って各ポイントで応援してくれるとのこと
友人、知人も応援してくれてます
心の奥底では完走を狙っていますが、それよりも2万3448人(公式発表)もの人が同じゴールを目指して走るという不思議さと緊張感、これからどんなことが起こるかという期待とワクワク感で胸いっぱい。
わたしのナンバーは「23287」番と後ろも後ろ。
「スタートーーー
」の号令が響いてから実際にわたしがスタートを切れたのは22分後。
でも思っていたよりは早くスタートできたし、国際通りを過ぎるまで走ることも出来ないかと思っていたけれど、案外普通に走れたので、ここまでは満足
牧志の駅付近とひめゆり通りの4キロ地点で応援に来てくれた知人に手を振り、7キロ付近で沿道から大音量で流れてくる『YMCA』をみんなで一緒に踊り、10キロぐらいまでは『NAHAマラソン』の雰囲気を満喫しました。
この辺りから段々と上りがきつくなり始め、わたしが走っている後方組みでは半分以上の人が歩いている。
わたしも上り坂では3分の1くらい歩いちゃったけれど、走っているときに歩いている人を交わすのは非常に疲れる。
ようやく東風平の上り坂が終わるところで、ダンナが待っていた
まぁダンナに会えた喜びよりも、ドリンクにありつけた喜びの方が断然上回っているのですけれど
次にダンナが待っていたのは17キロの具志頭三叉路。
ここまではまだまだ余裕
でもここから『NAHAマラソン』最大の難所の上り坂に突入なのです。
その上り坂をエッチラオッチラ登っている最中に沿道の人が流しているラジオから「1位の人がゴールしましたーーー」という声が聞こえてきた
ひえ~~~っ
わたしゃまだ半分も来てないのにーーー
改めてプロ(またはプロに近い人)との差を感じました。凄いなぁ~
中間地点の平和祈念公園には制限時間があり、12時15分(スタートから3時間15分)までに到着しなければ強制リタイアとなってしまいます。
わたし的には、最低限ここまではクリアしたいと思っていました。
そしてギリギリあと残り1分というところで関門をクリア
でも、まだ半分かぁ
23キロ地点でダンナと再会。
そろそろ足がヤバくなってきました
やはり普通の人間が走っていられる距離はハーフまでなんだなぁ、と実感。
26キロ過ぎからは歩いている時間の方が長くなり、両モモと右ひざが痛くなってきた。
沿道の人から何度もエアサロンパスを借りたけど、スプレーした一瞬しかもたず。。。
33.4キロ地点では2回目の制限時間が待っています。
「14時(スタートから5時間)までに着かなくちゃあ
まだ間に合うぞ
」と気持ちはあるけど、足は前に出て行かない
沿道の人からの「がんばれーーー
」の声がかかるたびに走り出すけど、10メートルももたない。
もう、たった1キロが遠くて遠くて・・・
33.4キロ地点まであと300メートルってところで「5、4、3、2、1、ゼローーー
」とスピーカーから秒読みの声が聞こえて、わたしの『NAHAマラソン』は終わりました。
第二関門を突破できなかったのは悔しかったけれど、もしここを通過していたとしても完走は無理だっただろうから、気持ちの区切りとしてはここでリタイアで良かったかな
今年の『NAHAマラソン』は例年より暑かったせいもあって大変だったけど、参加して本当に楽しかったぁ~
特に沿道の人々の応援と差し入れは何よりの励みでした。
今回一番うれしかった差し入れは、ダントツで『ロックアイス』
氷をガリガリかじりながら走っているときは最高に幸せでした
名前もわからないけれど、差し入れをくださった皆さん、本当にありがとうございました~
そしてなんと、今回応援サポートに回っていたダンナですが、「見ていたらオレも来年走りたくなった」とウチのダンナとしてはかなりの衝撃発言
今まで10キロのマラソン大会にですら「死ぬから出ない」と言っていたのに
来年の『NAHAマラソン』に向けて、3月の南部トリムマラソンの20キロに二人で出場することも了承。
ウチのダンナをこんな気持ちにさせてしまった『NAHAマラソン』の雰囲気って凄い
と思ってしまいました。
来年は二人で完走目指してがんばるぞーーー

その間さまざまな事があったのですが、「元気にしてた」という一言で片付けさせていただきます(^^ゞ
「元気にしてた」証として、実は12月2日に行われた『第23回NAHAマラソン』に選手として参加してきました

昨年テレビで『NAHAマラソン』の中継を見て、「楽しそうだから、わたしも参加してみた~い
」っつう、かる~い気持ちから始まったのですが、まさか本当にエントリーをしてしまうとは・・・
エントリーしたのは8月だったけれど、「夏は暑いから」とダラダラ過ごし、9、10月も「まだまだ沖縄は暑いねぇ」と何もせず。。。
あと『NAHAマラソン』まで1ヶ月
となってから、「そろそろトレーニングしないとヤバいかも・・・
」と、まずはウォーキングから(そっからかいっ
)トレーニング開始。なんとか5キロぐらいは走れるようになったので、「そうだ
ウォーキングしながらコースを下見してみよう
」とまたまたかる~い気持ちで11月11日に下見を決行
しか~し、これがとんでもなかった

中間地点(21.3キロ)までは半分くらい走ったりして、余裕さえ見せる道のり。
「な~んだ、案外楽勝じゃん
」と思ったのもつかの間、中間地点の平和祈念公園を過ぎたとたんにガクッと足が重くなり、動かない
ひめゆりの塔を過ぎてから「もうダメだぁ~
」とタクシーで家に帰ろうと思ったけど、タクシーがまったく通らない
途方に暮れながらヨタヨタとカメ並みの歩みでなんとか30キロ付近まで来た時、数台のバスが並んでいるのを発見

その中に「開南経由」という那覇行きの表示を見た時には、帰れるうれしさから半泣き状態

砂漠で迷った人がオアシスを見つけた時と同じ心境だったかも(^^ゞ
「フルマラソンをナメたらいかん
」ということを心に刻みました
まぁ、この経験から少しまじめにトレーニングをするようになりました。
ふくらはぎにも筋肉がついてきたし、10キロは休みなく走れるようになりました。
そして12月2日(日)、『NAHAマラソン』当日

今日はダンナもスペシャルドリンク(?)を持って各ポイントで応援してくれるとのこと

友人、知人も応援してくれてます

心の奥底では完走を狙っていますが、それよりも2万3448人(公式発表)もの人が同じゴールを目指して走るという不思議さと緊張感、これからどんなことが起こるかという期待とワクワク感で胸いっぱい。
わたしのナンバーは「23287」番と後ろも後ろ。
「スタートーーー
」の号令が響いてから実際にわたしがスタートを切れたのは22分後。でも思っていたよりは早くスタートできたし、国際通りを過ぎるまで走ることも出来ないかと思っていたけれど、案外普通に走れたので、ここまでは満足

牧志の駅付近とひめゆり通りの4キロ地点で応援に来てくれた知人に手を振り、7キロ付近で沿道から大音量で流れてくる『YMCA』をみんなで一緒に踊り、10キロぐらいまでは『NAHAマラソン』の雰囲気を満喫しました。
この辺りから段々と上りがきつくなり始め、わたしが走っている後方組みでは半分以上の人が歩いている。
わたしも上り坂では3分の1くらい歩いちゃったけれど、走っているときに歩いている人を交わすのは非常に疲れる。
ようやく東風平の上り坂が終わるところで、ダンナが待っていた

まぁダンナに会えた喜びよりも、ドリンクにありつけた喜びの方が断然上回っているのですけれど

次にダンナが待っていたのは17キロの具志頭三叉路。
ここまではまだまだ余裕

でもここから『NAHAマラソン』最大の難所の上り坂に突入なのです。
その上り坂をエッチラオッチラ登っている最中に沿道の人が流しているラジオから「1位の人がゴールしましたーーー」という声が聞こえてきた

ひえ~~~っ
わたしゃまだ半分も来てないのにーーー
改めてプロ(またはプロに近い人)との差を感じました。凄いなぁ~

中間地点の平和祈念公園には制限時間があり、12時15分(スタートから3時間15分)までに到着しなければ強制リタイアとなってしまいます。
わたし的には、最低限ここまではクリアしたいと思っていました。
そしてギリギリあと残り1分というところで関門をクリア

でも、まだ半分かぁ

23キロ地点でダンナと再会。
そろそろ足がヤバくなってきました

やはり普通の人間が走っていられる距離はハーフまでなんだなぁ、と実感。
26キロ過ぎからは歩いている時間の方が長くなり、両モモと右ひざが痛くなってきた。
沿道の人から何度もエアサロンパスを借りたけど、スプレーした一瞬しかもたず。。。
33.4キロ地点では2回目の制限時間が待っています。
「14時(スタートから5時間)までに着かなくちゃあ
まだ間に合うぞ
」と気持ちはあるけど、足は前に出て行かない
沿道の人からの「がんばれーーー
」の声がかかるたびに走り出すけど、10メートルももたない。もう、たった1キロが遠くて遠くて・・・
33.4キロ地点まであと300メートルってところで「5、4、3、2、1、ゼローーー
」とスピーカーから秒読みの声が聞こえて、わたしの『NAHAマラソン』は終わりました。第二関門を突破できなかったのは悔しかったけれど、もしここを通過していたとしても完走は無理だっただろうから、気持ちの区切りとしてはここでリタイアで良かったかな

今年の『NAHAマラソン』は例年より暑かったせいもあって大変だったけど、参加して本当に楽しかったぁ~

特に沿道の人々の応援と差し入れは何よりの励みでした。
今回一番うれしかった差し入れは、ダントツで『ロックアイス』

氷をガリガリかじりながら走っているときは最高に幸せでした

名前もわからないけれど、差し入れをくださった皆さん、本当にありがとうございました~

そしてなんと、今回応援サポートに回っていたダンナですが、「見ていたらオレも来年走りたくなった」とウチのダンナとしてはかなりの衝撃発言

今まで10キロのマラソン大会にですら「死ぬから出ない」と言っていたのに

来年の『NAHAマラソン』に向けて、3月の南部トリムマラソンの20キロに二人で出場することも了承。
ウチのダンナをこんな気持ちにさせてしまった『NAHAマラソン』の雰囲気って凄い
と思ってしまいました。来年は二人で完走目指してがんばるぞーーー
2007年08月28日
エイサー、エイサー!!
旧盆の中日である26日、我がエイサー隊は那覇市の安里地区で道ジュネーを行いましたーーー(≧w≦)
今年の6月から「エイサーをやってみたい!!」という有志が集まり結成されたエイサー隊。
毎週土、日曜日に練習をして(もっともわたしは仕事上日曜日しか練習できなかったのですが
)、この日を向かえました
人数も少ないし(7名
)、平均年齢も高いし(じゃないとわたしなんか入れなかった
)、踊りもハデではないけれど(体力がもたない
)沿道の人たちが見に出てくれて、思っていたよりもギャラリーが多く、指笛や手踊りなどの声援もしてくれて、踊っている間は本当に楽しい時間を過ごせました
踊った曲は、
ナリヤマアヤグー
クンムンヌ衆
テンヨー
安里ユンタ
唐船ドーイの5曲。
着ている衣装は『ムム引き半ター(ムムビキハンター)』という那覇祭りで旗頭の人たちが着ている衣装です

来年も参加できるかはわかりませんが、出来れば次回はもっと大勢で踊りたいなぁ・・・
旧盆以外でもエイサーを披露する機会があるそうなので、いつでもメンバー募集中デス!!
そして旧盆のウークイである27日は、北谷で行われた道ジュネーを見に行ってきました(≧w≦)
23時前に北谷・桑江のユニオン前にわたし達が着いた時には、すでに沢山の人たちがエイサー隊が来るのを待っていて、凄い熱気!!
0時になると、あちこちで道ジュネーを行ってきた各青年団が最終地点であるユニオン前に集結(今年は5団体でした)。
次々と演舞を披露してくれました。
最前列で見れたわたし達はもう感動ーーーー

やっぱりエイサーはこうでなくっちゃ

ちょっと(というよりかなり
)自分達のエイサーと比べてしまい(比べようもない差なのですが・・・)落ち込みましたが、エイサーはいいなぁ
北谷のエイサーはココだけの特徴として、『喧嘩エイサー』というものがあります。
これは2団体がすれ違いながら同時に演舞をして、相手のリズムにつられないように踊るというもの(つられてしまったら負け)。
この『喧嘩エイサー』のためにユニオン前に集結するんですね

なのでこの時の各青年団の気合の入り方は凄い!!
機会があればぜひ一度見に行かれたほうがいいですよぉ
2007年08月16日
その後・・・
11日に床上浸水にあった焼き鳥屋ですが、なんとか14日から営業再開することができました
大将は11日から14日までほとんど寝ずに店舗の清掃、修理に紛争していました。
食材もほとんど全てパーになり、仕入れ&仕込みも徹夜作業。
しかし本土がお盆休みに入っていることもあり、仕入れられない食材もあったりして、通常の営業に戻るのは来週以降になりそうです。
浸水被害を受けたほかの店ではいまだに営業できずにいるところも多く、冷蔵庫、エアコン等の電気製品がとりあえず無事だった我が焼き鳥屋はまだ被害が少ないほうだったのかな?!
でも新聞等で報道されているところによると、安里地区の洪水は橋の拡張工事の不備による人災だった可能性が高く、これから賠償問題に発展しそう。
まだまだこの問題は続きそうです。。。
そんな大変な最中にもかかわらず、焼き鳥屋の大将がダンナのぶつけた我が家の車まで直してくれちゃいました
大将が友人の廃車屋さんに問い合わせしてくれ、サイドミラーと窓ガラスを入手
元車修理工の腕を生かして、取り付けまでしてくれました
なんと修理工場で「6万円」と言われたサイドミラーとガラスの交換が、廃車屋さんに支払った部品代「4千円」で済んでしまいましたーーー
ホントに大将には感謝、感謝です
浸水被害の時も車の修理の事にしても、様々な方が励まし&援助をしてくれて、つくづく人との繋がりの大切さが身に沁みました。
大将の人柄の良さによるところが大きいと思いますが
この場を借りて、ホントに皆さんありがとうございましたぁ~~~

大将は11日から14日までほとんど寝ずに店舗の清掃、修理に紛争していました。
食材もほとんど全てパーになり、仕入れ&仕込みも徹夜作業。
しかし本土がお盆休みに入っていることもあり、仕入れられない食材もあったりして、通常の営業に戻るのは来週以降になりそうです。
浸水被害を受けたほかの店ではいまだに営業できずにいるところも多く、冷蔵庫、エアコン等の電気製品がとりあえず無事だった我が焼き鳥屋はまだ被害が少ないほうだったのかな?!
でも新聞等で報道されているところによると、安里地区の洪水は橋の拡張工事の不備による人災だった可能性が高く、これから賠償問題に発展しそう。
まだまだこの問題は続きそうです。。。
そんな大変な最中にもかかわらず、焼き鳥屋の大将がダンナのぶつけた我が家の車まで直してくれちゃいました

大将が友人の廃車屋さんに問い合わせしてくれ、サイドミラーと窓ガラスを入手

元車修理工の腕を生かして、取り付けまでしてくれました

なんと修理工場で「6万円」と言われたサイドミラーとガラスの交換が、廃車屋さんに支払った部品代「4千円」で済んでしまいましたーーー

ホントに大将には感謝、感謝です

浸水被害の時も車の修理の事にしても、様々な方が励まし&援助をしてくれて、つくづく人との繋がりの大切さが身に沁みました。
大将の人柄の良さによるところが大きいと思いますが

この場を借りて、ホントに皆さんありがとうございましたぁ~~~
2007年08月12日
最悪な一日
全国的に帰省ラッシュの最中、沖縄だけが物凄い風雨に見舞われています
そんな11日の午前1時半、バイト先の居酒屋までダンナに迎えを頼んだら、なんと愛車の助手席側の窓とミラーを木っ端微塵にしてダンナが迎えに来た
ダンナによると『走行中に急に助手席側の窓が割れた
』とのこと。
その時は風雨が台風並みに強かったので、『何かが飛んできてガラスにぶつかったんじゃないか』という結論に達したのですが、家に帰ってからよ~く車体を観察してみると、窓だけでなく車体にまでキズが
なんと自損事故を起こしてたのですね
ダンナにはケガもないし、人身事故でもなかったので幸いでしたが。。。
それでもダンナは物凄い落ち込みよう。
大事にしていた車だったしね
11日の朝を迎えて一番に車の修理工場へ。
窓とミラーの修理だけで6万だって
ボディーの修理見積もりはまだ出ていません。
想像するだけで恐ろしいです
昼に家に戻ってニュースを見ていると、働いている焼き鳥屋がある安里地区の灌水している映像が
大慌てで焼き鳥屋の大将に連絡を取ってみると『店がひざ上まで灌水した
』とのこと
大急ぎでダンナと二人焼き鳥屋へ片付けの手伝いに
わたし達が着いた時にはもう水は引いていましたが、ひどい時は腰上まで道路が灌水し、魚まで泳いでいたそうです
焼き鳥屋もひざ上まで灌水し、100キロ以上ある業務用冷蔵庫が倒れ、ひざ下までに置いてあったものすべてが水に流され・・・
店中泥だらけで下水の匂いもして最悪の状況。。。
なんとか店の中は片付けたものの、雨が降り続いているため乾かすことが出来ず。。。
最低3~4日は営業が出来そうにありません
夕方までに今日出来るところまでは片付けることが出来たので、わたしは居酒屋の方へ出勤。
そろそろ今日の仕事が終わる頃、焼き鳥屋の方から連絡が入り、『あれからまた灌水した』とのこと
夕方までに片付けたことがすべてパーになりました
あぁ、なんという24時間だったのでしょう
明日も焼き鳥屋の片付けに行ってきます

そんな11日の午前1時半、バイト先の居酒屋までダンナに迎えを頼んだら、なんと愛車の助手席側の窓とミラーを木っ端微塵にしてダンナが迎えに来た

ダンナによると『走行中に急に助手席側の窓が割れた
』とのこと。その時は風雨が台風並みに強かったので、『何かが飛んできてガラスにぶつかったんじゃないか』という結論に達したのですが、家に帰ってからよ~く車体を観察してみると、窓だけでなく車体にまでキズが

なんと自損事故を起こしてたのですね

ダンナにはケガもないし、人身事故でもなかったので幸いでしたが。。。
それでもダンナは物凄い落ち込みよう。
大事にしていた車だったしね

11日の朝を迎えて一番に車の修理工場へ。
窓とミラーの修理だけで6万だって

ボディーの修理見積もりはまだ出ていません。
想像するだけで恐ろしいです

昼に家に戻ってニュースを見ていると、働いている焼き鳥屋がある安里地区の灌水している映像が

大慌てで焼き鳥屋の大将に連絡を取ってみると『店がひざ上まで灌水した
』とのこと
大急ぎでダンナと二人焼き鳥屋へ片付けの手伝いに

わたし達が着いた時にはもう水は引いていましたが、ひどい時は腰上まで道路が灌水し、魚まで泳いでいたそうです

焼き鳥屋もひざ上まで灌水し、100キロ以上ある業務用冷蔵庫が倒れ、ひざ下までに置いてあったものすべてが水に流され・・・
店中泥だらけで下水の匂いもして最悪の状況。。。
なんとか店の中は片付けたものの、雨が降り続いているため乾かすことが出来ず。。。
最低3~4日は営業が出来そうにありません

夕方までに今日出来るところまでは片付けることが出来たので、わたしは居酒屋の方へ出勤。
そろそろ今日の仕事が終わる頃、焼き鳥屋の方から連絡が入り、『あれからまた灌水した』とのこと

夕方までに片付けたことがすべてパーになりました

あぁ、なんという24時間だったのでしょう

明日も焼き鳥屋の片付けに行ってきます
2007年07月15日
マンニィ
13日に沖縄を襲った台風4号(通称・マンニィ)。
3年ぶりの沖縄直撃だったため、わたしたちにとっては初めての沖縄での台風体験。
それも予報ではかなりの大物。
ドキドキドキドキ・・・・
11日(水)には食料を買い溜めし、12日(木)の午前中にベランダを片付け。
そろそろ強風域に入る頃、ダンナの携帯が壊れ、急きょドコモに駆け込んで新しい携帯を買う
新しい携帯(ワンセグ
)にホクホクした顔のダンナ
台風のため12日から14日まで仕事が休みになり、携帯も新しくして、今回の台風で一番得したのはコイツかっ
まぁ、とにかく準備は万端(←のハズ。。。)
「さぁ!来い!!台風!!!」と空をにらんで気合を入れる。
夜は居酒屋のバイト。
暴風域に突入したし、さすがにお客さんのお帰りは早め。
13日早朝から物凄い風の音。
わたしにとって今まで経験したことがない風雨にもかかわらず、目の前の道には通行する車がちらほら。
テレビの台風情報では「午前8時14分に最大瞬間風速56.3メートルを記録した」とのこと
この報道がされてから少し後、我が家にも異変が
「バンッ
」という音がしたと思ったら、ベランダを50センチ四方くらいの板が横切った
「ひえ~~~~~~~
」
ベランダを見ると隣との境にある板が大破
どうするよ。。。
隣と繋がっちゃったよ
台風の目に入ったため、一時的に風雨が止んだ瞬間にベランダに出てみたら、隣との境だけでなく、3軒のベランダが貫通していた
ちなみにまだ直ってません
いつ直してもらえるのでしょうか。。。
そんな猛烈な台風が来ているので、さすがに今日のバイトは休みかと思っていたのですが、電話をしてみると
「予約が入ってるから開けるよ」とのこと。
まぁ、家にいてもすることないし、パトロールがてら那覇に行くかぁ
こんな日だしお店はヒマかと思っていたら、予想に反して大忙し
25名様と12名様の予約が入っていたのですが、この台風の中一人も欠けることなくご来店。
さ、さすがうちなーんちゅー。。。
他にもお客さんが来るわ、来るわ・・・
「台風の日に居酒屋は繁盛する」というウワサは本当だったんですねぇ。
おかげ様で、初めての台風体験でほとんどのことを経験できました^^;
次回はもう少し余裕を持って台風と立ち向かえると思います。
今回停電はなかったのですが、これだけはこれからも経験したくないけれど。。。
3年ぶりの沖縄直撃だったため、わたしたちにとっては初めての沖縄での台風体験。
それも予報ではかなりの大物。
ドキドキドキドキ・・・・
11日(水)には食料を買い溜めし、12日(木)の午前中にベランダを片付け。
そろそろ強風域に入る頃、ダンナの携帯が壊れ、急きょドコモに駆け込んで新しい携帯を買う

新しい携帯(ワンセグ
)にホクホクした顔のダンナ
台風のため12日から14日まで仕事が休みになり、携帯も新しくして、今回の台風で一番得したのはコイツかっ

まぁ、とにかく準備は万端(←のハズ。。。)
「さぁ!来い!!台風!!!」と空をにらんで気合を入れる。
夜は居酒屋のバイト。
暴風域に突入したし、さすがにお客さんのお帰りは早め。
13日早朝から物凄い風の音。
わたしにとって今まで経験したことがない風雨にもかかわらず、目の前の道には通行する車がちらほら。
テレビの台風情報では「午前8時14分に最大瞬間風速56.3メートルを記録した」とのこと

この報道がされてから少し後、我が家にも異変が

「バンッ
」という音がしたと思ったら、ベランダを50センチ四方くらいの板が横切った
「ひえ~~~~~~~
」
どうするよ。。。
隣と繋がっちゃったよ

台風の目に入ったため、一時的に風雨が止んだ瞬間にベランダに出てみたら、隣との境だけでなく、3軒のベランダが貫通していた

ちなみにまだ直ってません

いつ直してもらえるのでしょうか。。。
そんな猛烈な台風が来ているので、さすがに今日のバイトは休みかと思っていたのですが、電話をしてみると
「予約が入ってるから開けるよ」とのこと。
まぁ、家にいてもすることないし、パトロールがてら那覇に行くかぁ

こんな日だしお店はヒマかと思っていたら、予想に反して大忙し

25名様と12名様の予約が入っていたのですが、この台風の中一人も欠けることなくご来店。
さ、さすがうちなーんちゅー。。。
他にもお客さんが来るわ、来るわ・・・
「台風の日に居酒屋は繁盛する」というウワサは本当だったんですねぇ。
おかげ様で、初めての台風体験でほとんどのことを経験できました^^;
次回はもう少し余裕を持って台風と立ち向かえると思います。
今回停電はなかったのですが、これだけはこれからも経験したくないけれど。。。
2007年06月17日
ハードな毎日
そろそろ沖縄は梅雨が明けそうな空模様です
6月に入ってからというもの、わたしは毎日大忙し
今まで働いていた『焼き鳥屋』に加え、休みの日に飲んだくれていたお馴染みの居酒屋で働くことになってしまいました

月、火、水は『焼き鳥屋』、木、金、土は『居酒屋』。
さらに唯一の休みのハズの日曜日には『エイサー
』の練習という。。。エイサーの練習するのも午後6時からで、練習後はメンバーと宴会に突入なので、毎日夜は家にいない生活で。。。
焼き鳥屋では『店舗開業』に向けていろいろと教えてくれて、とても勉強になります。
居酒屋ではもともと従業員のみんなと知り合いだったせいか、すごく親切にしてくれるし、飲みに通っていた時とあまり変わらない雰囲気で働いてます。
エイサーもわたしの中では、沖縄に住んだら『やってみたい事ベスト10』に入っていたので、楽しくやってます。
仕事以外の知り合いも出来たしね

と、忙しいわりには毎日楽しく過ごせているんですけどね

後は体力勝負

2007年05月04日
那覇ハーリーに出場したよ~♪
5月3日、『那覇ハーリー』に『安里実行委員会』のメンバーとしてレースに参加してきました~
久しぶりの晴天
午後2時30分、泊の会場にメンバーが集合。
暑くて、ブルーシートに腰を落ち着けると同時に
ビールをグビグビ・・・
レースは4時30分頃の予定だから、まだまだ時間があるなぁ・・・
グビグビ・・・
それにしても今日は暑い・・・
グビグビ・・・
いい感じで酔いが回ってきたところに
「安里集合ーーー
」の号令が。
そうだった
わたし“漕ぎ手”としてレースに出るんだったっけ。。。(←オイッ
)
よぉ~~~っし、がんばるよぉ~


1コース、黒い爬竜船の『安里』。
相手は2コース(黄色)の『琉大園芸』、3コース(緑色)の『那覇高校OB』。
『安里』はハーリー初出場。
練習も2回しかしてないし、勝負よりも楽しむことを重視している感じ。
でも本番が近づくにしたがって、バラバラだったメンバーが段々一つにまとまり、気合も入ってきた。
船に乗り込むと大勢の観客から「安里がんばれよ~!!」の声援が
おぉ~~~
気持ちが高揚してきたよぉーーー


スタート位置についたと同時に
「位置についてー、ヨーイスタート
」の号令が。
スタートはいい感じに船が滑り出した・・・と感じていたら、“旗持ち”をしている人から
「安里トップだぞーーー
」の声が。
わたしは自分と前の人のカイしか見ていなかったから、「えっ!?」と左側の他の2艇を見やると、ホントに安里がトップ。
正直勝てるなんて思っていなかったから、「現在トップ!」と分かると逆に戸惑った。
「そのうち抜かれるよ」と思いながらも「もしかして勝てる!?」と欲が出てきたりして。。。
わたしの気持ちとはウラハラにターン地点でも「安里」は一番先に回りきり、残り350メートルも2艇の追随をまったく許さず、ぶっちぎりでゴールイン
うわ~~~
勝ったぁーーー


トロフィーを貰い、みんな大喜びで健闘を讃え合いました。
タイムも「3分48秒59」という一般の部全体でも3位に入る好タイム。
スゴイ・・・
レース後は大宴会。
勝ったこともあり、盛り上がり方はハンパじゃなかった。
青年会の酒豪たちが代わる代わるイッキ。。。
44度の一升瓶の泡盛を回し飲み。。。
大変な事になってましたが、最高に楽しいお酒が飲めました(^▽^)V
「ハーリーは見るより出るほうが断然面白い!!」
ってことを実感したので、次は安里の「
エイサー隊」に参加しま~す

久しぶりの晴天

午後2時30分、泊の会場にメンバーが集合。
暑くて、ブルーシートに腰を落ち着けると同時に
ビールをグビグビ・・・レースは4時30分頃の予定だから、まだまだ時間があるなぁ・・・
グビグビ・・・それにしても今日は暑い・・・
グビグビ・・・いい感じで酔いが回ってきたところに
「安里集合ーーー

」の号令が。そうだった

わたし“漕ぎ手”としてレースに出るんだったっけ。。。(←オイッ
)よぉ~~~っし、がんばるよぉ~



1コース、黒い爬竜船の『安里』。
相手は2コース(黄色)の『琉大園芸』、3コース(緑色)の『那覇高校OB』。
『安里』はハーリー初出場。
練習も2回しかしてないし、勝負よりも楽しむことを重視している感じ。
でも本番が近づくにしたがって、バラバラだったメンバーが段々一つにまとまり、気合も入ってきた。
船に乗り込むと大勢の観客から「安里がんばれよ~!!」の声援が

おぉ~~~
気持ちが高揚してきたよぉーーー


スタート位置についたと同時に
「位置についてー、ヨーイスタート
」の号令が。スタートはいい感じに船が滑り出した・・・と感じていたら、“旗持ち”をしている人から
「安里トップだぞーーー

」の声が。わたしは自分と前の人のカイしか見ていなかったから、「えっ!?」と左側の他の2艇を見やると、ホントに安里がトップ。
正直勝てるなんて思っていなかったから、「現在トップ!」と分かると逆に戸惑った。
「そのうち抜かれるよ」と思いながらも「もしかして勝てる!?」と欲が出てきたりして。。。
わたしの気持ちとはウラハラにターン地点でも「安里」は一番先に回りきり、残り350メートルも2艇の追随をまったく許さず、ぶっちぎりでゴールイン

うわ~~~
勝ったぁーーー


トロフィーを貰い、みんな大喜びで健闘を讃え合いました。
タイムも「3分48秒59」という一般の部全体でも3位に入る好タイム。スゴイ・・・

レース後は大宴会。
勝ったこともあり、盛り上がり方はハンパじゃなかった。
青年会の酒豪たちが代わる代わるイッキ。。。
44度の一升瓶の泡盛を回し飲み。。。
大変な事になってましたが、最高に楽しいお酒が飲めました(^▽^)V
「ハーリーは見るより出るほうが断然面白い!!」
ってことを実感したので、次は安里の「
エイサー隊」に参加しま~す
2007年04月30日
那覇ハーリー出場!
みなさんゴールデンウィークはいかがお過ごしですか?
わたしのゴールデンウィークは5月3日~5日に那覇市・泊で行われる那覇ハーリー(詳しいことはコチラ)です。
去年は観客としてお祭りを堪能しましたが、今年はなんと“漕ぎ手”としてレースに出場することになりました~~~

『那覇ハーリー』は全長14.55メートルの“爬竜船”と呼ばれる船に32名の漕ぎ手、鐘打ち、舵取りが乗って、1レース3艇で速さを競います。
働いている店のお客さんに『安里青年会』の世話役の人がいて、
「メンバーが足りないから出ないか?」と誘われたのがきっかけ。
4月22日、29日のたった2回の練習で本番に突入
という「参加することに意義があり
」的なチームだけど、初心者のわたしにとってはあまり真剣にやられるより気が楽かも
な~んて思っていたら、その2回の練習はハードでした
たった1日1時間の練習時間でしたが、慣れないカイ裁きに悪戦苦闘
それに普段の運動不足のせいか、たった2~3分漕ぎ続けるだけで疲労困憊

32人の漕ぎ手がカイを合わせないとスピードが出ないんだけれど、半数以上が「ハーリー初体験」の我がチームでは、なかなかうまくみんながカイを合わせられない。
見ていると結構簡単そうなんだけど、やってみるとかなり難しいのです。
練習後は肩から腕と腰が痛くて痛くて。。。
特に腰!!!
ギックリ腰を2度やっているわたしにとってはイエロー信号が点滅
なんとか本番レース終了まで持ちこたえて欲しいものです。
本番レースは5月3日。
「一般の部」の第23レース『安里』で出場します
対戦相手は『琉大園芸』と『那覇高校OB』。
平均年齢の高い『安里』ですが、相手の若さに負けないよう頑張ります
わたしのゴールデンウィークは5月3日~5日に那覇市・泊で行われる那覇ハーリー(詳しいことはコチラ)です。
去年は観客としてお祭りを堪能しましたが、今年はなんと“漕ぎ手”としてレースに出場することになりました~~~


『那覇ハーリー』は全長14.55メートルの“爬竜船”と呼ばれる船に32名の漕ぎ手、鐘打ち、舵取りが乗って、1レース3艇で速さを競います。働いている店のお客さんに『安里青年会』の世話役の人がいて、
「メンバーが足りないから出ないか?」と誘われたのがきっかけ。
4月22日、29日のたった2回の練習で本番に突入
という「参加することに意義があり
」的なチームだけど、初心者のわたしにとってはあまり真剣にやられるより気が楽かも
な~んて思っていたら、その2回の練習はハードでした

たった1日1時間の練習時間でしたが、慣れないカイ裁きに悪戦苦闘

それに普段の運動不足のせいか、たった2~3分漕ぎ続けるだけで疲労困憊


32人の漕ぎ手がカイを合わせないとスピードが出ないんだけれど、半数以上が「ハーリー初体験」の我がチームでは、なかなかうまくみんながカイを合わせられない。
見ていると結構簡単そうなんだけど、やってみるとかなり難しいのです。
練習後は肩から腕と腰が痛くて痛くて。。。
特に腰!!!
ギックリ腰を2度やっているわたしにとってはイエロー信号が点滅

なんとか本番レース終了まで持ちこたえて欲しいものです。
本番レースは5月3日。
「一般の部」の第23レース『安里』で出場します

対戦相手は『琉大園芸』と『那覇高校OB』。
平均年齢の高い『安里』ですが、相手の若さに負けないよう頑張ります
2007年04月08日
沖縄移住生活丸1年!
4月6日をもちまして、沖縄移住生活1年を迎えました~~~

あっという間の1年。
去年の今頃は沖縄に知り合いもおらず、何もないマンションの部屋に入居しただなんて信じられない。
今じゃ家の中は「3年以上は住んでるだろーーー!!」ってくらい物も人も馴染んじゃってるし、沖縄での知り合いは100人は超えてるんじゃないかな
たった1年で100人以上の知り合いを作ったのは、学生時代を含めても過去最多かも。
最初の1年だからと、沖縄本島で開催されたイベントにはなるべく参加してみました。
・那覇ハーリー
・糸満ハーレー
・沖縄全島エイサーまつり
・大綱引き
・やちむん祭り
・産業まつり
などなど・・・
さらには、マラソンにまで参加しちゃって。。。
「四季のない沖縄」といわれるけれど、イベントに参加することで季節を感じてきました。
30ウン年の人生の中で、一番短く濃密な一年を過ごすことができたのは、沖縄の風土と知り合えた人たちのおかげです。
これからもずーーーっと沖縄に住み続けるのでみなさん、ユタシクウニゲーサビラ~


あっという間の1年。
去年の今頃は沖縄に知り合いもおらず、何もないマンションの部屋に入居しただなんて信じられない。
今じゃ家の中は「3年以上は住んでるだろーーー!!」ってくらい物も人も馴染んじゃってるし、沖縄での知り合いは100人は超えてるんじゃないかな

たった1年で100人以上の知り合いを作ったのは、学生時代を含めても過去最多かも。
最初の1年だからと、沖縄本島で開催されたイベントにはなるべく参加してみました。
・那覇ハーリー
・糸満ハーレー
・沖縄全島エイサーまつり
・大綱引き
・やちむん祭り
・産業まつり
などなど・・・
さらには、マラソンにまで参加しちゃって。。。
「四季のない沖縄」といわれるけれど、イベントに参加することで季節を感じてきました。
30ウン年の人生の中で、一番短く濃密な一年を過ごすことができたのは、沖縄の風土と知り合えた人たちのおかげです。
これからもずーーーっと沖縄に住み続けるのでみなさん、ユタシクウニゲーサビラ~

2007年03月19日
なんぶトリムマラソン
随分とご無沙汰してまして^^;
前回の更新時から現在までさまざまな出来事があったのですが、それを全部すっ飛ばして今回の『なんぶトリムマラソン』のお話。
学生時代の体育の授業ぐらいしか運動経験のないわたし。。。
特に苦しいだけのマラソンなんて「いったい何が楽しいの???」と思ってました。
テレビで国際マラソンとかを見るのは好きでしたけどね。
沖縄に住んで驚いたのが、「沖縄ってすごく市民マラソンの開催が多い」こと。
有名な『那覇マラソン』以外にも秋から春にかけて各地で大小さまざまなマラソン大会が開かれてます。
今年の『那覇マラソン』をテレビで観戦していて、沖縄ならではの盛り上がり方に「ちょっと楽しそう
」と思ってしまったわたし。
行きつけの飲み屋さんで泡盛片手に「わたしもちょっと『那覇マラソン』出てみたかったなぁ」とつぶやいたのが運のつき。。。
「急にフルマラソンに出るのは無理さぁ!」
「とりあえず10キロマラソンから出てみれば?」
と周りの人たちからヤンヤと言われ、酔って頭の回らなくなっていたわたしは、
「よーーーっし
10キロマラソンにでるよーーー
」と豪語してしまいました
生まれてこの方、1キロぐらいまでしか走り続けたことがないわたし
10キロという距離がどのようなものかも皆目分からず。
みんなには「練習しといたほうがいいよ」と言われたけれど、練習の仕方さえわからない。
本番1週間前になって、しょうがなく家から近くのスーパーまでの約1.5キロを走ってみたら、物凄い筋肉痛になってしまった。。。
「こりゃ、ヤバイな・・・」と思って、本番4日前にもう一度4キロのランニングに挑戦!
前回より筋肉痛はひどくなかったけれど、「これ以上走るのはムリ!」というほどバテてしまいました。。。

こんなヘタレな状況で3月18日の本番当日。
『なんぶトリムマラソン』は糸満市の西崎運動公園をスタートし、ゴールしてくるコースで、5キロ、10キロ、20キロと自分に合った距離を選ぶことができます。
事前に完走予想タイムを申告し、予想タイムと実際のゴールタイムが一致すると景品がもらえます。
もちろん、走るときに時間が分かるものを携帯してはいけません。
わたしの予想タイムは1時間28分35秒。
さぁ、がんばるぞぉ
最初はなかなかスムーズな走り出し。
4キロ地点にある給水所までは同じペースで走り続けられました。
しかし、給水所で水分を取ったとたんにガックリとペースダウン。
一度走るのをやめ歩いてしまったら、気持ちが折れてしまい、その後は走ったり歩いたりの繰り返し。
でもなぜか「辛い!」とは感じなかったです。
沿道の方たちからの声援のお陰か、一緒に走っている人たちのお陰かはわかりませんが、なんとなく誰かが背中を押してくれているような感じがありました。
最後はボロボロだったけど、なんとか完走
完走タイムは予想より早い1時間20分00秒でした。

完走後、みんなで『おでんパーティー』。(←コンロと鍋を持ち出してビーチパーティー状態(爆))
青空の下、マラソンで汗をかいて、ゴール後に飲む
ビールは最高ーーーー!!!
すご~く気持ちが良くて、思わず10月に開催される『尚巴志マラソン』にも出場することにうなずいてしまいました(;^_^A
「いつかは『那覇マラソン』に参加!」とは思うけど、今回10キロを走ってみてフルマラソンへの道はまだまだ長いな。。。と実感。
出場するからには完走したいもんね。(←那覇マラソンの琉球ガラスで出来た完走メダルが欲しい♪)
前回の更新時から現在までさまざまな出来事があったのですが、それを全部すっ飛ばして今回の『なんぶトリムマラソン』のお話。
学生時代の体育の授業ぐらいしか運動経験のないわたし。。。
特に苦しいだけのマラソンなんて「いったい何が楽しいの???」と思ってました。
テレビで国際マラソンとかを見るのは好きでしたけどね。
沖縄に住んで驚いたのが、「沖縄ってすごく市民マラソンの開催が多い」こと。
有名な『那覇マラソン』以外にも秋から春にかけて各地で大小さまざまなマラソン大会が開かれてます。
今年の『那覇マラソン』をテレビで観戦していて、沖縄ならではの盛り上がり方に「ちょっと楽しそう
」と思ってしまったわたし。行きつけの飲み屋さんで泡盛片手に「わたしもちょっと『那覇マラソン』出てみたかったなぁ」とつぶやいたのが運のつき。。。
「急にフルマラソンに出るのは無理さぁ!」
「とりあえず10キロマラソンから出てみれば?」
と周りの人たちからヤンヤと言われ、酔って頭の回らなくなっていたわたしは、
「よーーーっし
10キロマラソンにでるよーーー
」と豪語してしまいました
生まれてこの方、1キロぐらいまでしか走り続けたことがないわたし

10キロという距離がどのようなものかも皆目分からず。
みんなには「練習しといたほうがいいよ」と言われたけれど、練習の仕方さえわからない。
本番1週間前になって、しょうがなく家から近くのスーパーまでの約1.5キロを走ってみたら、物凄い筋肉痛になってしまった。。。

「こりゃ、ヤバイな・・・」と思って、本番4日前にもう一度4キロのランニングに挑戦!
前回より筋肉痛はひどくなかったけれど、「これ以上走るのはムリ!」というほどバテてしまいました。。。


こんなヘタレな状況で3月18日の本番当日。
『なんぶトリムマラソン』は糸満市の西崎運動公園をスタートし、ゴールしてくるコースで、5キロ、10キロ、20キロと自分に合った距離を選ぶことができます。
事前に完走予想タイムを申告し、予想タイムと実際のゴールタイムが一致すると景品がもらえます。
もちろん、走るときに時間が分かるものを携帯してはいけません。
わたしの予想タイムは1時間28分35秒。
さぁ、がんばるぞぉ

最初はなかなかスムーズな走り出し。
4キロ地点にある給水所までは同じペースで走り続けられました。
しかし、給水所で水分を取ったとたんにガックリとペースダウン。
一度走るのをやめ歩いてしまったら、気持ちが折れてしまい、その後は走ったり歩いたりの繰り返し。
でもなぜか「辛い!」とは感じなかったです。
沿道の方たちからの声援のお陰か、一緒に走っている人たちのお陰かはわかりませんが、なんとなく誰かが背中を押してくれているような感じがありました。
最後はボロボロだったけど、なんとか完走

完走タイムは予想より早い1時間20分00秒でした。

完走後、みんなで『おでんパーティー』。(←コンロと鍋を持ち出してビーチパーティー状態(爆))
青空の下、マラソンで汗をかいて、ゴール後に飲む
ビールは最高ーーーー!!!すご~く気持ちが良くて、思わず10月に開催される『尚巴志マラソン』にも出場することにうなずいてしまいました(;^_^A
「いつかは『那覇マラソン』に参加!」とは思うけど、今回10キロを走ってみてフルマラソンへの道はまだまだ長いな。。。と実感。
出場するからには完走したいもんね。(←那覇マラソンの琉球ガラスで出来た完走メダルが欲しい♪)



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